クロガネ・ジェネシス
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第ニ章 アルテノス蹂 躙
第22話 合流 レジーの兄弟
それからさらに1週間後。
「いよいよ……この時が来たか……!」
零児は自室の鏡の前で気合いを入れる。
騎士養成学校に通い初めて1ヶ月。今日は竜騎士《ドラゴン・ナイト》になるための筆記試験が行われる。この1ヶ月、知識を詰め込むことにのみ時間を割《さ》いてきた。その成果が試されるときが来たのだ。
準備を整え、食堂代わりの寝室で食事をとり、セルガーナ、シェヴァの元へと向かう。
「今日もよろしくな、シェヴァ」
シェヴァを門から出して、零児はシェヴァに言う。
『グォォォウ!!』
シェヴァも今日が何の日かわかっているのか、いつも以上にその瞳に力が宿っている。
「俺は絶対に……竜騎士《ドラゴン・ナイト》になってやる!」
「レイちゃん!」
その時、零児とシェヴァの元へ、火乃木がやってきた。
「火乃木」
「いよいよだね!」
「ああ!」
「これ持ってって!」
そういうと火乃木はバスケットを1つ零児に手渡す。
「これは?」
「お弁当! 試験はお昼をまたぐんでしょ? 今日は、ボクが作ってみました!」
胸を張る火乃木。どうやら自信があるようだ。
「そうか、ありがとう」
それを受け取り、零児はシェヴァの背中に乗る。
「がんばってね!」
「ああ! 行ってくる! シェヴァ!」
『グオオオウ!』
零児の意志に答え、シェヴァは高々と空へと飛び立っていった。
その頃。
アルテノス北の港。2週間前に出発した海竜《シー・ドラゴン》による定期便が到着し、船から多くの人々がアルテノスの地を踏む。
「お〜いっぱいいやがるな〜。人間が」
そのうちの1人、包帯をマスク代わりに口に巻き、テンガロンハットを被った男がそう口を開いた。
「そうだね。こんなに人間で賑わっているのを見るのは初めてだよ」
もう1人、黒スーツを来た1人の少年、ダリアも同じ感想を述べる。
「まずは、レジーの元へと向かうんだったな?」
ラーグは自分と共にこの地を踏んだもう1人の男、ジストに視線を向ける。
「そうだ。お前等が無作為に暴れても仕方がないからな。それに、レジーにも何か考えがあるらしい」
「考え……か。まあ、あいつは俺達の中で一番強いからな、あいつの計画通りに動くことになんの問題もない」
「同感だね」
ジストが先行して歩き出す。
「奴の居場所は俺が知ってる。いくぞ」
ジスト、ラーグ、ダリアの3人は移動を開始した。
アルテノスの宿屋。その中でももっとも高級な宿。20階建てで、最上階からの眺めはまさに絶景だ。まず外観からして造りが違う。
壁面には黒く塗装されていて黒光りし、高級感が漂っている。一歩入ればそこは外とは別世界に入ったのではないかと錯覚するほど明るく、広々としたロビーが客を出迎える。ロビーの一部は食堂を兼任しており、朝食にいそしむ客で賑わっている。
「久しぶりね、あんた達」
そのロビーの一角でレジーはラーグ、ダリア、ジストの3人を出迎える。その背後に、彼女より年上とおぼしき男が立っている。
この熱いのに、青い長袖のポロシャツと長袖のジーンズを着こなしている。肩幅がかなり広く、強面なその表情は見る者全てを圧倒するだけの迫力がある。
「お久しぶりです。レジー姉さん、それにゴード兄さん」
「ああ」
ダリアの丁寧な挨拶に、ゴードが答える。
「流石にここにシーディスはいないか……」
辺りを見回し、テンガロンハットの男、ラーグが呟いた。
「当たり前でしょう。あの巨体を人間と同じ宿に泊めさせられるわけがないわ。あいつには別の場所で傷を癒してるわ」
シーディスとは、リベアルタワー脱出の際、零児達に襲いかかった巨大な竜《ドラゴン》の亜人のことだ。
「ま、しょうがねぇか……ん? 傷を癒してるってのはどういうことだ?」
ラーグはシーディスが傷を負っていることに疑問を呈した。レジーはその疑問に答える。
「ある人間に、翼に穴をあけられたのよ」
ラーグは一瞬言葉に詰まった。信じられないといった表情をしている。
「人間にか?」
「ええ。人間によ」
「信じられねぇな……どんな人間だよ……」
「ま、そのうちわかるわ……。ん?」
レジーは予想もしなかった人物の姿を見つけ、その人物に視線を走らせた。
「あんた……ジスト?」
「そうだ」
「あんたは亜人じゃないはずよ? どうしてここに?」
レジーは疑問に思いジストに問う。レジーがこれから起こそうとしているある計画。その計画のために、ジストは別段必要としていない人物だった。
邪魔というわけではないが、それでも人間であるはずのジストがこの場にいることに、あまりいい気分はしない。
「俺は付き添いだ。ついでに、鉄《クロガネ》の様子を見に来たんだ」
「クロガネ?」
言われてレジーは考える。レジーの記憶の中にクロガネと名の付く人物はいない。が、彼女が戦った相手に名前を知らなかった者もいる。恐らくは、自分を殺そうとした飛行竜《スカイ・ドラゴン》の主。そして、彼女を蹴り飛ばし、わずかな間だけ戦ったあの男。
レジーはそいつこそが、ジストの言っている男だと判断した。
「そうだ。俺はそいつを殺すために、ヘレネと手を組んでいる。かつてはバイオロウゴンとして活動していたが今の俺にとってヘレネやお前の計画はどうでもいい。ただあの男を殺せればそれでいい」
「あっそ。まあ、私もあんたの復讐に興味なんてないわ。殺したきゃ、いつでも殺せばいいんじゃない?」
さらっと恐ろしいことを言い放つヘレネ。しかし、同じくらい恐ろしい言葉をジストは平然とした表情で返す。
「いや、ヘレネの奴。顔を見たいってんで今は殺すなとか言って来やがった。本来なら今すぐにでも殺しに行きたいところだ。だから、今回は奴の様子を見てるだけにするのさ」
「お母様が人間に興味を持ってるって言うの?」
「ま、そういうことだな」
「ふうん……」
レジーはつまらなそうに返した。
「まあいいわ。ここであんまり長話するのもなんだし、私の部屋へ行きましょう」
そういってレジーは自分以外の全員に背を向けて、歩きだした。向かう先はロビーの外だ。
「どこへ行くんです?」
疑問に思ったダリアが問う。
「もちろん、最上階よ」
「でも、ここでたら外ですよね?」
「ええ。でもそれでいいのよ」
一行は疑問に思いつつ、レジーについていく。
この宿は円筒型に作られており、その周囲にはなだらかな坂が設置されている。そして、坂のすぐ手前の壁は大きな木製の扉になっている。
さらにその手前には、鐘が置いてあり、それを鳴らすための木槌《ハンマー》が一緒に置かれている。
レジーは木槌《ハンマー》を使って、その鐘を叩いた。その瞬間、けたたましい鐘の音が鳴り響く。
門が開き、中から2体の竜《ドラゴン》とそれを駆る初老の老人、そして竜《ドラゴン》に引かれた大きな車が姿を現した。
「今鐘を鳴らしたのはあんた方かの?」
老人はそう確認の為にレジーに視線を向けて問う。
「ええ、そうよ。最上階まで乗せてってちょうだい」
「承知した。それでは、全員、車に乗りたまえ」
「なるほど、そういうことですか」
ダリアが納得した表情でそう言った。
20階もある大きな宿。最上階までそれを自力で上るのは非常に時間がかかるし体力もいる。
それを解消するために、2体の竜《ドラゴン》を使った送迎サービスが行われているのだ。
一行は竜《ドラゴン》が引く車に乗り、老人の手綱に身を任せた。
「しばらくの間、アルテノスの絶景をお楽しみください」
「はい、最上階になります」
「ええ。ありがとう」
最上階の部屋へ到着する。一行は車から降りて、レジーの部屋へと向かった。
「ここがあたしの部屋よ」
レジーが案内した部屋は1人で眠るには大きすぎるベッド、赤いカーペットに、白い壁という作りをしていた。
「いい部屋ですね」
ダリアが素直な感想を述べる。
「まあね。一番いい部屋を取ったんだもの、当然よ」
「そんな御託はいい……」
ラーグはベッドの上にどかっと座りながら言った。
「俺達が興味あるのは、いつ暴れられるのかってことだ」
「慌てない慌てない……」
レジーは部屋の中央に移動する。
そして、今後のことを彼らに説明した。
「なるほど……」
これまで無口だったゴードが口を開いた。レジーがやろうとしていることに納得したらしい。
「面白そうですね」
「ああ、人間共の悲鳴を聞けると思うと、口元がにやけるな」
ダリアとラーグも賛同の意を示す。
「最初の合図は、クロウギーンにアルテノスを襲わせるわ。この日のために作っておいた召還の魔法陣も準備している。その合図と共に、あんた達には動いてもらうわ」
3人の亜人は各々頷いた。
「ところで……」
レジーはここに来て全く口を開いていない男、ジストに目を向ける。
「あんたはあたし達の手伝いをしてくれないのかしら?」
「俺は今回見学させてもらうさ。人間の死に興味などないし、零児にも手を出すなと言われている」
「あっそ。じゃあ、少し退室願える? 流石にあんたと同じベッドで寝る気はしないからさ」
「ああ、そのつもりだ。当日にまた会おう」
ジストはそう言い残してレジーの部屋から退室した。
次の瞬間、レジーの口元がつり上がった。
「さってっと〜♪」
適当に座っているダリアに視線を向けて、彼に近づいていく。そして、まったくためらうことなく、彼の唇を奪った。
しかし、ダリアは驚いた表情を見せるわけでもなく、彼女の口づけを受け入れる。
ラーグとゴードもそれを黙ってみている。
レジーがダリアの唇を離す。そしてお互いの表情を見つめ会う。
「相変わらず唐突ですね。もう始めるんですか?」
「そりゃそうよ。折角再会したんだもの。パーティーしましょ」
レジーは瞳から妖しさを漂わせながら静かに言った。
グリネイド家の屋敷。その台所で、火乃木は今日も料理の特訓に明け暮れていた。
「舞踏会?」
お玉ですくったスープの味見をしながら、火乃木はアルトネールに視線を向ける。
「ええ、そうよ」
髪の毛がパン生地に混ざらないように、三角巾をかぶっているアルトネールは、昼に食べるパンの生地をこねている。
「一週間後、アルテノス中の要人が王宮に集まる一大イベントがあるの。名目上は舞踏会、貴族達の社交場よ。もしよかった、あなたも一緒にどう? 女を磨くいいチャンスかもしれないわ」
「その舞踏会ってきれいな服とか着れますか?」
女を磨くという言葉に魅力を感じたのか、火乃木の目が輝き始める。
「ええ、もちろん」
「じゃあ、参加します! もっともっと女を磨かないと!」
火乃木は両手の拳をぎゅっと握りしめて参加の意を示す。
「やる気になってるわね〜。じゃあ、早速あなたに会うドレスを探さなきゃ。今日のお昼一緒に買い物にいきましょう。流石にお古じゃ可哀想だしね」
「え? お金……負担してくれるんですか?」
「ええ。もちろんよ。だって……」
そこでアルトネールは一息置く。
「あなたはもう、私達の家族なんですもの。同時に、人間と亜人の共存のため手を取り合う仲間でもあるわ」
火乃木はさらに瞳を輝かせた。確かに火乃木も零児と同じ道を選んでいた。しかし、家族として迎え入れてもらっていたとは思っていなかったのだ。
「あ、ありがとうございます!!」
火乃木はアルトネールに深々と頭を下げた。
「そのために、まずは、お昼の下準備、すませちゃいましょ」
「はい!」
「舞踏会?」
昼休み、騎士養成学校中庭。火乃木の作ったサンドイッチを口に入れながら、零児は口を開いた。
零児は午前中の試験が終わり、午後からの試験に備えて、テキストを開いている。
「そう。アルテノス中の要人が集まる社交場。アルペリオン家も出るのよ〜。それで、もしよければなんだけど……」
そう零児に語りかけるのは、零児と共に竜騎士《ドラゴン・ナイト》を目指しているマリナ・アルペリオンだった。彼女は自慢のメガネを光らせて零児を見つめる。
「私の花婿候補として、一緒に来て欲しいのよ」
零児は思わず口に入っていたものを吐き出しそうになった。側に置いてあった瓶牛乳で、口の中に入っているものを一気に飲み干す。
「いきなりなにを言い出すんだおまえは!?」
「あら? 私は至って本気なんだけどな〜」
マリナは挑発的な態度で零児の瞳を見据える。
「それによ? あんたは武大会優勝の実績があるわけだし、パパに申請すればビップ待遇で参加させてもらえるはずよ? あんたが花婿候補ってなったら、私としても博がつくのよ」
「それに俺が参加するメリットは?」
やや気だるそうに、火乃木のサンドイッチを口に入れながら、零児はマリナに問う。
「あるわ。もしその場にいる要人や実業家の方々に、あんたの顔を覚えてもらえたら、竜騎士《ドラゴン・ナイト》になったとき、仕事がたくさんもらえるかもしれない。将来的なメリットは決して小さくはないと思うけど?」
そう言われて零児はマリナの提案を真剣に考えた。 マリナの言うとおりなら、確かに将来的なメリットは大きいかもしれない。しかし。
「確かにメリットはあるかもしれない。だけど、俺は遠慮しておくよ」
零児ははっきり断った。
「あら、そう? 折角あんたにとってもいいチャンスかと思ったのに……」
「悪いな。そう言う堅苦しいのは苦手なんだよ」
「そう、まあいいわ。気が向いたらいつでも言ってよ。いつでも参加できる手配はしておくからさ」
「いらん世話だ……」
零児は瓶牛乳で口の中のものを飲み干した。そして、次のサンドイッチに手をつけた。試験は午後もある。零児の頭の中にはそのことが大部分を占めていた。
――ふっ……これで終わった……。後は結果を待つのみ!
午後2時30分。試験の終わった教室で零児はそう思った。
竜騎士《ドラゴン・ナイト》筆記試験が終わったのだ。この筆記試験の結果によって竜騎士《ドラゴン・ナイト》になれるかどうかが決まる。
「終わったわね〜」
零児の隣で試験を受けていたマリナも、大きく伸びをしながらそう口にした。
「けど、私はまだ実技試験が残ってるんだけどね。いいわね、あんたは。もう試験のこと考えなくて」
「そりゃ、武大会優勝者の特権って奴さ」
「ま、その通りなんだけどね。ところで零児、今日あんたの家に一緒に行っていいかしら?」
零児は目を丸くする。明日試験があるという人間が、のんきに人様の家で時間を潰していていいのだろうか?
「なんでまた?」
「あんたの家、グリネイド家の屋敷なんでしょ? 毎年舞踏会の時にお世話になってるアマロリットさんにちょっと挨拶をしておこうと思ったのよ」
零児がグリネイド家の世話になっているというのは、マリナとの会話の中で零児が話したことだ。
「今日である必要はないんじゃないか? 明日も試験だろ?」
「実技で今からやれることなんてなにもないわよ」
――まあ、その通りではあるんだけどな……。
実技試験は実際に飛行竜《スカイ・ドラゴン》を使っての試験になる。その飛行竜《スカイ・ドラゴン》は当然ながら試験用に調教を受けた竜《ドラゴン》だ。
試験の採点は試験管による採点方式と、飛行竜《スカイ・ドラゴン》の反応によって決まる。
今までの飛行竜《スカイ・ドラゴン》を使った実技の訓練を積んできた。つまり飛行竜《スカイ・ドラゴン》を所持していない人間はこれ以上できる練習はないのだ。
「まあ、俺は構わないけど」
「さっすが! 話が早くて助かるわ!」
「じゃあ、先に校門に行って待ってるよ」
「オッケー!」
その後、零児とマリナは2人でシェヴァに乗り、グリネイド家の屋敷へ訪れた。
マリナはそそくさと屋敷に入り、メイドのリーズに連れられてくるアマロリットが現れるのを待つ。
「お久しぶりです。アマロリットさん」
しばらくして、玄関ホールで、アマロリットとマリナが顔を合わせた。
「久しぶりじゃないマリナちゃん! 元気してた?」
アマロリットは屈託のない笑顔でマリナに接する。
「はい。アマロリットさんこそ、お元気そうで何よりです」
「なぁ」
2人の会話に割って入るように零児が口を開く。
「俺は席をはずしていいか?」
「構わないわ。わざわざ連れてきてありがとう、零児」
アマロリットはそうやって軽く零児に感謝の意を示すと、マリナと共に書斎へと向かった。
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